『探究Journey』からはじまる学びのデザイン

8.自分で考え未来を切り拓く「生きる力」

矢萩
以前ある皇族の方とお話をさせていただく機会があって、その時に「日本の教育で一番問題だと思ってることは何ですか?」ってお尋ねしたんですよ。
そうしたら徒競走で順位をつけないとか手をつないでゴールとかっていうのはもう本当にバカバカしいことだと私は思っている。さらに最近、国や行政にうちの小学校の校庭のトラックにカーブがあるという苦情まで来るというんです。徒競走の時にカーブで転んだらどうするんだというんですね。

さらにそれに対して学校現場がそれはおかしいでしょって言えない状態になってしまっていると。
国としてもどうしたらいいのかきっと分からないでしょうね、というようなお話だったのですが、皇族の方がそういう見解にも関わらず…というところに学校の構造的な問題と、それだけではない複雑な問題も垣間見えます。

編集部
学習指導要領のテーマは「生きる力」ですよね。
そもそも「生きる力」というのはどんなことでも生き抜く力であり自分らしく生き抜く力だとすると、誰かに苦情を言って変えてもらうような状況を親なり大人が作ってしまうのは、実は生きる力を与えていないってことにはなりませんか?

矢萩
それが生きる力につながっていると思う人が別にいてもいいし、つながっていないと思う人がいてもいい。
でも、何かクレームが来たから対処しましょうっていうスタンスは違うと思うんですね。
本気で曲がり角なんかない方がいいと思っている人がいてもいいんですよ。でもそうじゃないと思えばそうじゃないと言えばいいし、私は別にそれもアリだと思ったらそれでもいい。

僕は「今ころぶと危ない」からって言う考えと「目の前のテストのために勉強する」っていう考え方は非常に近いと感じています。教育というのは、目の前のことだけでなく、かなり遠い未来のことも射程に入れるべきだと思うんですね。そうしないと、テストや受験から逆算した勉強にとらわれてしまって、本質的な「生きる力」の獲得からは遠のいてしまう気がしています。
そんな風に、みんなが自分の意見をちゃんと信念を持って発信できればもっと風通しもよくなるし、じゃあどうしようかって話になるんですよ。

ところがやっぱり教育の現場じゃなかなかそうならないんですね。
あぁクレーム来ちゃった、どうする?っていう、そのクレームをどう対処するのかって話が先行してしまっていて、あなたたちどう思っているの?っていうところが全て伏せられている。
そんな状況の中で子供たちに「信念を持って」とか「夢を持て」とか言われても何も説得力がないというか。

9.「道徳」ではなく「倫理」

矢萩
僕はよく道徳ではなくて倫理だっていう話をするんですね。
外側からこんなことしていいいよとか、これはダメだよね、みたいなことを規定するのが道徳で、あなたはどうなんですか?例えば法律ではいいということになっているけど僕はやらない方がいいと思います、と言えるのが倫理。
主体性であるとか周りに合わせる合わせない以上に自分のことをよくわかっていて自分で自己決定をしているっていう部分が育まれるような教育に構造上なっていないっていうところにまず先生たちが気づいて、じゃあどうするのっていうところに移行しなければ。

編集部
社会的なルールは守らないといけない、というのはありますが、そもそも「このルールはなんのためにあるんだっけ?」とか「自分だったらどう考えるだろう?」と立ち止まって考えてみる、ということも大事なことですよね。

矢萩
例えば今回の旅の中では、ちょっと危険が伴うような場所で、ウワーッと登っていく子供がいる。
登っていいの?って思っている子供たちがいる。行けって言っている大人もいる。
通りすがりに注意していった大人もいる。 それぞれがそれぞれの価値観であの現場にいたじゃないですか。 あれは僕はすごくかけがえのない経験になったなって思っていて、そんなことが普段あまりないじゃないですか。
通りすがりにダメって言われてやっぱりダメだったんだって日和る大人もいるなか、全然関係なく登り続ける子もいる。
あそこまで多様な主張や行動に触れれば、後で話題になりやすいとも思うんですよ。
あの時の状況をみんなで振り返って自分なりに考えることで、自分の中の価値観というものに触れるきっかけが生まれる。
そんなことが日々学校内でもあるといいんですよね。

青山
学校にはああいう状況を面白がれる大人は少ないです。

矢萩
誰が責任とるの?ってなりがちですもんね。

10.「子供との接し方や関わり方」を親が学ぶ機会

編集部
学校も組織である以上どうしてもその学校の価値観、公立なら文科省の価値観とか校長先生の価値観に左右されてしまいがちだと思うのですが、その点、家庭の中での学び方、学ばせ方というのは、親の考え方で柔軟に対応できますよね。
学校は学校。でもウチはウチみたいな。
これまでは学校の価値観に合わせようという意識が一般的だったと思うのですが、今はケースバイケースで、必ずしもそうじゃなくてもいいと考える親御さんも増えているように感じます。
そういう意味でもこの『探究Journey』はとても貴重な機会だなと思ったのですが。

青山
ああいう場で矢萩さんの子供に対する接し方とか粕谷さんの子供に対する接し方とかを身近に見ることで、親御さんの方が学ぶということもあると思います。
「こういう時は注意しなくていいんだ」とか、「こういう風に伝えればこんなに子供は探究的になるんだ」とか。おそらく粕谷さんとか矢萩さんが言った知識に関することはどんどん記憶から消えてしまうけれども、子供との接し方や関わり方について良いと思った経験は、親御さんにずっと残っていくはずです。

例えば、今回の参加者アンケートにも「決して上から目線ではないフラットな目線で語りかけ、自ら考えることがなぜ大事なのかを気づかせようとするアプローチ」って素晴らしい言葉でまとめているお母さんがいて、僕はその方が学んだことっていうのは子供に対しての接し方なので、たぶん自転車に乗れる子は10年後も乗れるのと一緒でそれに近いものをこの旅で掴んだのだろうなと。
そこを全面的に伝えていくといいのかなと思いました。

粕谷
実際のガイドのなかで、例えばジオロックガーデン(ゴツゴツした溶岩の岩場エリア)で、僕は子供たちが岩に登っているのに対して基本的に注意しないんです。
もちろん親御さんによっては、そんなとこに登ったら危ないし怪我するからやめなさいっていうふうに注意する人もいるんですけど、僕からそういうところに登るのはダメっていう言い方は決してしない。
子供たちは自由に歩き回って登りたいから登るわけで、でも当然足を滑らせれば小さいケガもします。でもそのケガをすることによってはじめて学ぶんですよね。
だから、失敗させないために最初からフタをしてしまったら失敗を知らない子供になっちゃうし、やっぱり失敗して初めて学んで子供って成長すると思うし。
失敗することを恐れて何も発言ができないよりは、どんどん失敗を恐れずに発言してほしいし動いてほしい。
それが結果的にはのびのびと大島らしい自然を使った学びになるのかなって、僕は思っているんです。

矢萩
今のお話すごくわかりやすくて、例えば「この道行くぞ」って言われたら別に行きたくない人も行くんだけど、誰も「登れ」って言っていないのに登り始めたってことは、完全にその子が主体的で能動的なわけですよね。

粕谷
そう。それが大事なんだと僕は思うんです。

大田原
今回の旅においても、3人のお子さんが大きな溶岩の塊に登っている場面がありまして。
一瞬どうしようかな、止めようかな、と思ったのですが、お子さんたちの冒険真っ最中と言わんばかりの表情をみて思いとどまったんです。
万が一のことを想定して、足を滑らしてもサポートできるよう準備しながら見ていたら、一番小さい子が降りられなくなってしまいました。
だけど周りの親御さんが年長のお子さんに「あなたが(その子に)降り方を教えてあげなさい」と応援する雰囲気になったので、これはいいぞと。
そして最後にその子がちゃんと降りられた時の表情がとてもよかったんです。「僕できたよ!」みたいな達成感にあふれていました。
そのあと一緒に登った3人は一緒に冒険した仲間って感じになっていました。とても印象的なシーンでした。

矢萩
まさに冒険ですからね。自分で登って一緒に到達して。

11.子供たちの興味を優先して想像力を引き出す

大田原
もう一つ今回の旅で印象的だったのは「砂の浜(さのはま)」での運営ですね。
当初の予定では、ある程度砂浜で遊んだら、ちょっと先にある塩の製造施設に足を伸ばすことになってましたが、頃合いを見て矢萩さんが子供たちに「あっちの建物を見に行ってみよう」と声をかけたけれどあまり興味を示さなかった。
なので、塩の製造施設見学はやめてそのまま放っておきましょう、という。
その選択があの場面では良かったんですよね。
もうみんなそれぞれで砂浜での過ごし方を楽しんでましたもんね。

矢萩
暇そうにしてる子供がいなかったんですよ。みんなそれぞれ夢中で何かやっていたんです。
暇そうな子供がいたのなら別ですが、みんな何かやっているところに塩の製造施設を指差して「あの建物なんだと思う?」みたいなのも野暮ですよね。
一応、近くまで行って「あれはなんでしょう?あれは塩をつくる工場ですよ」という流れを想定してその日の夜に「塩を探究する」というテーマの講座を準備して資料も作ってありました。
だけど全部やめて砂で遊んでいた方がいいなと思ったんです。
そんなふうに何かこちらが準備したものを捨てさせてくれるほど彼らがそれぞれ砂浜の楽しみを見つけて没入していることって、こちらとしてもとても嬉しい展開じゃないですか。

大田原
アンケートの中にもありましたね。
通常のツアーだと、どうしても「次はこちら、次はこちら」みたいになりがちだけど、今回のツアーは子供たちの興味を優先して、臨機応変に運営側が調整してくれていたのが良かった、という。

それと、運営上象徴的だったのは「筆島(ふでしま)」での運営ですね。
あえて筆島の表示看板を隠して子供たちに名前がわからないようにしておいて自由に名前を考えてもらう、というのは面白い試みでした。
スタッフが筆島の名称が記された標識を布で覆って隠していたんですけど、隠されることで子供達の興味が掻き立てられて、布の上から手で探って凹凸から文字を推測したり、ストレートに布をめくって名前を見ようとしたり、子供たちがとても積極的になりましたよね。
あえて名前を伏せてクイズ形式にしたことで、子供たちの注目が一気に高まってました。
「海から飛び出た岩の形」から思いつくいろんな名前が出てきて、まさに子供達の想像力や空想力が発揮されていました!

矢萩
「問い」というのは最高のコンテンツだと僕は思っているのですが、万能の問いというのはありません。
やはり、場所やメンバー、タイミングによって調整する必要があります。でも、その調整を臨機応変にうまくやるためには、やっぱり視察であるとか事前準備が大切なんですよね。
想像力を引き出す問いというのは、みんなが同じ条件で考えられることや、模範解答を求めないことが重要だと考えています。今回の場合、標識の答えを見ようと頑張っていた子供もいましたが、そもそも僕が出した問いは「島の名前を当てましょう」ではなくて「あなたなら何と名付けますか」だったんです。
まあ、どちらにしても「筆島」という回答は1人もいませんでしたが(笑)。

12.子供たちのワクワクを思い描いて毎回作り替える

編集部
粕谷さん、通常ですと筆島ではどんなガイドをされるのでしょうか。

粕谷
そうですね。
今回のこのやり方は僕はしたことはなかったんですが、僕がよく言うのは「あれは岩だと思うんだけど、何で筆岩ではなく筆島と言うのでしょうか?」と。
子供に対しては小難しいことは決して話しません。それより何であれが筆岩ではなく筆島なのかっていうことですよね。そこがわかってもらえれば僕はいいかな。

編集部
なるほど。
今回はみんなに名前を考えて発表してもらってから、その後で筆島がどうしてあの形になったのかという解説をされてましたね。

粕谷
今回はあの時の全体の様子でそういう流れにしましたけど、いろいろなやり方があって、ガイドって最初にガイドする内容や順番などの構成を考えるのがとても大事なことだと思っていて。
その時その時のツアー構成は、年齢層だったり人数だったり、あとはコンセプトだったり。様々な要件に対して自由にツアー構成をアレンジして、その場その場でベストな内容に変えています。
それがいつも決まって、ここに来たらこれを言う、というのじゃつまらないですよね。
大人のお客様が相手の時にはここでこういう言い方をするけど、でも今回は子供だからこういう言い方をしようとか、いつもだったらこういうルートから行くけど今回はこのルートで行こうとか。
常に自分だったらこうしたら楽しいだろうなとか、自分だったら子供の時にこういう風に言ってくれたらすごくワクワクするなっていうのを思い描きながら、毎回毎回作り替えるんです。
それが僕は楽しくてしょうがないんです。

編集部
ガイドすること自体を探究されているんですね。

粕谷
そうですね。そういうふうに探究することってすごく楽しくて。
だから僕は自分が楽しめないと自分の中では成功にはなっていない。
お客さんと一緒に楽しむというツアーが大好きです。

青山
今のお話を聞いていて、矢萩さんが、授業の大きな枠組みをイメージしていろいろ準備しておくけれども、その場に応じて子供たちが盛り上がったらそちらを優先して授業を柔軟に展開する、というお話とすごく通じるなと思ったのですが。

矢萩
同じですね。
その場合準備がとても重要で、粕谷さんはどんな状況になっても対応できるように圧倒的に準備しているじゃないですか。
でも即興が大事だよって言ったときに準備しなくていいんだって思う人もいるわけですよね。
そうではなくて、いくつかの分岐を考えていて、できる限り準備をしてどれを選ぶか、あるいはどれも選ばない、というのをその場で決められるようにしておくことがとても大事なんです。

ただ学校の先生にじゃあそれを全部やってくださいって言っても、特に小学校の先生って教科数も多いのでそれが物理的にも無理だろうってことでどうしても予定調和になってしまう。
「カリキュラムマネジメント」という概念はまだまだ浸透するには時間がかかると思うけれど、他の先生や他の教科とちゃんと連携をしたらもうちょっと自由が効くのではないかとか、もうちょっと効果的にできるのではとか、連携してみんなでシェアしましょうよっていうのは、今の教育界の潮流の中で、先頭を走っている先生たちの一つのモチベーションになっていますよね。

たとえば今回の旅においてもこのメンバーはそれぞれこんなプロフェッショナリズムを持っていますよ、という特性がなんとなくわかったと思うし、仮にもう一回同じメンバーでやったとしたら多分そのことをわかった上でみんな動くわけですよね。
だから組み合わせだとか活かし方だとかも、もっと最適化されていてもっとブラッシュアップされていくはずです。そういう「方法」を常に実践している人たちのチームと共に行動すれば、自分一人でやるときもそんなふうにやればいいんだというのが分かる。
運営している側も学びがある部分ってそういうところですよね。

青山
その中に身を置いている子供とか親御さんもなんとなく全体でそうやっているんだろうなっていうのが分かるわけですよね。

矢萩
1回で分かるかどうかわからないけれども、これから『探究Journey』のリピーターになってくれる方々もいると思うんですよ。
2回3回行く中で「なるほど」っていうお父さんお母さんが必ず出てきて。
さらに子育てに限らず、自分の仕事に活かすみたいな事例が出てくると、この『探究Journey』のバリューっていうのがどんどん広がっていくのかなと思いますね。