<岡田エリア>
穏やかな漁師町で
夢をカタチにする
伊豆大島の北部に位置する岡田(おかた)港は、元町とともに本土からの船が発着する、島のもうひとつの玄関口です。細くくねった路地を猫がのんびりと歩く、漁師町の風情が色濃く残る集落を抜けると、そこには鬱蒼と広がる広い森。元町や波浮とはまた違う、大島の素朴な表情を楽しめるエリアです。
これまでは釣り宿や飲食店が数軒ある程度でしたが、2019年に船客待合所向かいに3階建ての新ターミナルがオープンしたのを機に、古民家を改装したゲストハウスやアットホームなカフェなどが続々と登場。静かだった町に、新しいにぎわいが生まれています。そんな岡田で夢を実現しようと、東京からやってきた2組の活動をご紹介します。
大島の持つエネルギーの中で
自分らしさを取り戻せる場所を
岡田港から徒歩2分、静かな住宅街の中にたたずむ小さなおうち。B&Bとカフェを併設した「島ぐらしカフェ chigoohagoo(ちぐはぐ)」は、浅沼みやさんと長瀬なつみさんの2人が共同で運営している新スポットです。
左より浅沼みやさん、長瀬なつみさん
大島・元町出身の浅沼さんは島を離れて大学を卒業後、リゾートホテル経営や地域再生で知られる星野リゾートに入社。そこで知り合ったのが長野出身の同僚・長瀬さんでした。職場ではもちろん、一時は一軒家をシェアして暮らすほど親しい間柄になったという2人に、転機が訪れたのは2019年のこと。
「私は大島のことが大好きで、島のために何かしたいという気持ちが学生時代からずっとあったんです。大島ってこんな素晴らしいところなんだよ、とみんなにわかってほしい。でもそれを島の外から発信することには限界があるなと感じて、ずっとモヤモヤしていたんですね。それである時、仕事で経験を積んだ宿なら自分にもできるかもしれないし、大島の良さを直接伝えられるんじゃないかとひらめいて」(浅沼)
そこで浅沼さんは祖父母が暮らしていた家の近くに空き家があったことを思い出し、すぐに電話をかけて物件を確保。会社を退職し、宿開業に向けて島へ戻る準備を始めたといいます。そんな時、たまたま転職活動中だった長瀬さんは「時間もあるし、東京の島には行ったことがなかったので軽い気持ちで」浅沼さんと一緒に大島を訪れることになりました。
「私は海外で暮らしていた経験があり、外国の方に日本の田舎を紹介したいという気持ちが強いんです。魅力がたくさんあるのに、それがあまり知られていないような。大島は、まさにそんな場所だと感じました。飾らない島の風景がすごくいいなあと思って、大好きになってしまって。みやと一緒に物件を見に来た時、ここでカフェをやりたい!と強く思って、2ヶ月後には大島へ移住しました」(長瀬)
思い立ったら即行動!というパワフルな2人は、力を合わせてリノベーションを進める一方、コンセプトづくりは入念に作り上げていったといいます。大島の魅力を伝えるにはどうすればいい?自分たちの強みって何?何度もくり返し話しあって、最後に見えたのが「女性が自分らしさを取り戻し、自信を持ってもらえる宿」。
2人がかつて暮らしていた古民家にはいつも同世代の女性が集まり、縁側でお茶を飲みながら悩みを語り合ったと言います。「あんな風に悩みを吐き出して、ちょっとラクになって帰れる場所。島のエネルギーを感じて、またがんばろうと思える場所、大島らしさって、そういうことなんじゃないかと思ったんです」と浅沼さん。
朝は島のエネルギーを感じられるように、夜は帰宅前にリラックスできるように、カフェはあえて朝と夜だけ営業。宿も女性優先で1日2組限定にするなど、女性が居心地よく過ごせるよう細やかな配慮が施されたchigoohagooは、2020年7月のオープン以来、旅行者だけでなく大島の女性たちにもジワジワとファンを増やしています。
島の人と、移住した人。おしゃべり好きと、モノづくり好き。それぞれ性格も目標も違うけれど、大島で一緒にやるからこそ「どちらの夢を叶えることが、もう一人の夢をかなえることになる」という2人の活躍に注目が集まりそうです。
島ぐらしカフェ chigoohagoo
住所:〒100-0102 東京都大島町岡田3
TEL:080-1209-8983
URL:chigoohagoo.com
CAFE
OPEN:7:30 – 10:00/16:00 - 20:00(冬季時間あり)
定休日:火曜日(臨時休業あり)
気軽に帰って来れる
楽しい別荘のような宿に
岡田港から車をしばらく走らせると、建物ひとつ見えない深い森の中に突然現れるレモンイエローのカラフルな洋館。森の隠れ家といった趣で訪れる人をワクワクさせてくれるのが、神奈川出身のオーナー・竹内英さんが営む「心と星が輝く宿 アイランドスターハウス」です。
東京のアパレル関係の会社でデザインの仕事をしていた竹内さんが、伊豆諸島をめぐり始めたのは20代半ばの頃。「野生のイルカと泳げる」と聞いて御蔵島へ行ったのをきっかけに、「金曜の夜仕事終わりに竹芝から船に乗って朝には別世界の島に着き、思いっきり遊んで日曜には家に帰って来れる。東京の島ってこんなに便利で面白い場所なんだと思って」週末にはよく島へ行く生活を続けていたといいます。
「20代後半になって今後の人生を考えた時に、旅だけじゃなく島に住んでみたいという気持ちが強くなっていることに気がつきました。それで、どこか家がないか探したところ、たまたまこの家が売りに出ていることを知って。サラリーマンの自分でも手に入る金額だったので、これを買わない手はないなと飛びつきました」
当初は島の別荘として時々大島に通い、それ以外は知人に貸すなどして利用するつもりだったと言いますが、家のDIYのために月2回のペースで島に通っているうちに、竹内さんの気持ちに変化が。
「次はあそこを直そう、あれをやろうと、大島のことで頭がいっぱいになって仕事どころじゃなくなっちゃった(笑)。島で行きつけになった、居酒屋でマスターや常連さんによくしてもらったこともあって、大島での時間がどんどん楽しくなったんですね。そんな時に大島で大規模な土砂災害が起きて、なにかこれは島に呼ばれているんじゃないかと思うようになり、会社を辞めて大島に移住することにしました」
家を宿として活用することを決め、2015年にアイランドスターハウスをオープン。1階の1室を自宅として使いながら、それ以外のスペースは宿泊エリアとして開放しています。広々としたリビングや星空が見渡せる庭など、まるで別荘に来たような開放感を気に入ってリピーターになる人も少なくないそう。「家にいながらいろんな人と会える宿の仕事はすごく楽しいですね。お客さんにも、自分のもうひとつの家に帰ってきたような感覚になってくれたら嬉しい」と竹内さん。
最近では元町に2号店となる宿を開業した他、空き家をフルリノベーション中。「今までは自分の作品のような感覚でしたが、次からはいろんな人を巻き込んで交流しながらできたらと考えています。僕にとって、ようやく大島がホームという感覚になってきた。これからは大島へ移住したい人が仕事をつくり出して楽しい生活ができる形を生み出せるように慣れたら」と新たな夢に向かって動き始めています。
ライター紹介
宮川由美(新島OIGIE)
東京の出版社で雑誌編集者として勤務後、フリーの編集ライターとして旅行記事やエンタメ記事、人物インタビューなどを多数手がける。現在は伊豆諸島・新島を拠点にライター活動を続けるほか、カルチャーマガジン『にいじまぐ』編集長や、コーガ石建築の保全活動などを行う(一社)新島OIGIEのメンバーとして、貴重な島の文化を発信するべく奮闘中。
協力/東京都