<元町エリア>
島の中心地で新しい仕事を作る
東京から日帰りできるアクセスの良さで人気の伊豆大島で、多くの船が発着するのが中西部の元町港。旅の出発点となる船客待合所を中心に、港周辺には土産店や飲食店、宿が立ち並び、観光バスがにぎやかに行き交って旅行者を迎え入れています。
そんな島の玄関口・元町には長年島の観光を支えてきた老舗がある一方で、柔軟な発想で新しいビジネスを生み出し、人気を呼ぶケースが少なくありません。新旧さまざまな魅力が詰まった元町。この場所で新しいチャレンジをする2人に話をうかがいました。
伝統を受け継ぎながら
自分にできる何かを探して
船客待合所を出た途端、目に飛び込んでくるのが外壁に牛柄があしらわれた白いビル。この地で65年、大島名物・牛乳煎餅とオリジナル土産を販売している老舗「えびす屋土産店」です。地元産の牛乳を使って1枚1枚手焼きされた牛乳煎餅は、サクサクと軽やかな食感と素朴な味わいが特徴。それでいてパッケージや焼き印に新しいデザインを取り入れ「懐かしくて新しい」と人気です。
そんなえびす屋の看板娘として活躍しているのが、津﨑ほたるさん。多くの旅行者が行きかう元町で生まれ育った彼女は、高校卒業後に上京して事務職として働いていましたが、家族の病気を機に5年前にUターン。老舗の3代目として父と共に牛乳煎餅づくりを手がけながら、第60代ミス大島を務めるなど独自の活動にも力を注いできました。
「昔から牛乳煎餅を焼きたい気持ちはあったんですが、なかなか機会がなかったんですよね。それが大島に帰ってくる前に、母が病気になってしまって『手伝ってほしい』と言われて帰ってきました。最初は袋詰めをしたり仕事を手伝いながら煎餅のタネを作るところから覚え、少しずつ煎餅を焼かせてもらえるようになりました。今ではタネを父が作って、私が煎餅を焼いています」
煎餅づくりでは前日にタネを仕込み、翌朝8時から午前中いっぱいはひたすら焼き続け、その後翌日の仕込みをする、根気のいる仕事。夏には毎日熱気のこもる工場で黙々と焼き続けるそうですが、「もともと同じことをくり返しやるのは苦にならないんです。むしろ楽しい。それより煎餅づくりで大変なのは、焼き型を洗うこと。ひとつひとつ丁寧に汚れを取らないといけなくて、かなりの重労働です。まだ父にしかできません」とほたるさん。
老舗の跡継ぎとして伝統を守ることは、もちろん大事。でもそれだけじゃなく、自分一人でもやれる何かにチャレンジしたい。そう思ったほたるさんは1年前、ある決意をしました。それは、キッチンカー開業でした。
「はじめは味の違う牛乳煎餅を作ってみたらどうか?と考えたこともありましたが、父のガードは硬く…だったら牛乳煎餅はこのままがんばりつつ、何か別のことをやれたらいいなと思ったんです。とはいっても、自分がすぐにお店を持てるような資金もなく、自分にできることは何かと考えた結果、たどりついたのがキッチンカー開業でした」
2020年1月にクラウドファンディングをスタートしたところ、目標額を上回る約300万円の支援を獲得。そのお金で軽バンのキッチンカーを購入し、2020年の夏には【かき氷】、年末から2021年3月までは【おでん】と時期にあわせて商品を販売しています。「おでんは仕込みがとにかく大変ですが、少しずつお客さんが来てくれるようになって、最近ではキッチンカーで買い物するのが楽しいと言ってくれる人もいて、すごく嬉しいですね」とほたるさん。
4月からの2か月間は土産店の2階にあるスペースを片付け、「何に活用できるか考えていきたい」とのこと。6月からは再び【かき氷】をスタート予定。「いつも忙しそうに見えるのか、落ち着きがないとよく言われます(笑)。常に何かしていたいタイプなんです。今は世代関係なくどんどん新しいことをやる人が増えているので、私もがんばろう!と思えるんですよね」
えびすや土産店
住所:〒100-0101 東京都大島町元町1丁目17−1
TEL:04992-2-1319
OPEN:9:00am – 17:00pm
定休日:無休
本がつないだ大島への縁
野心をエネルギーに変えていく
津﨑さんだけでなく、人、モノ、情報が集まる中心地・元町でビジネスチャンスを求めてチャレンジしている人たちは他にもいます。船客待合所から坂を少し上った場所にあるゲストハウス「BookTeaBed伊豆大島」の村上悠さんもそのひとり。
東京出身の村上さんが大島にやってきたのは5年前、2016年のこと。大学時代はサッカー選手をめざして練習に明け暮れた彼でしたが、「天才プレイヤーを間近で見て、自分はあっち側の人間じゃないと悟って」プロの道を断念。いったんは企業に就職したものの、「サッカーと同じ、どうせやるなら上を目指したい」と、独立して飛び込み営業をしながらチャンスを模索したといいます。
そんなある日、たまたま読んだ本の中で大島産の伝統海塩「海の精」が日本一の塩だといわれていることを知り、「この塩をぜひ売りこみたい!」とすぐさま大島入り。工場にかけあったものの交渉はすぐには進まず、返事を待つ間にせめてアルバイトで稼ごうと建築会社に入ったところ社長に気に入られ、その社長に背中を押されて2018年にはホテルを起業…と、かなりドラマチックな経歴の持ち主です。
そんな村上さんが手がけたBookTeaBed伊豆大島は、「本×カフェ×泊まる」をコンセプトに、読書とカフェタイムが楽しめるコンセプト宿。東京・新宿御苑などに店舗を構えるチェーンホテルですが、読書が楽しめる都会的な宿の登場は大島内外に大きな話題を呼び、島に新たな客層を呼び込みました。また最近では四輪バギーに乗って裏砂漠を走るオリジナルツアーもスタートさせ、大島の新しいアトラクションとして注目されています。
「東京で生まれ育った僕にとって、大島はいい人がすごく多いし、住み心地もとてもいいですね。僕の場合は出会った人がよくてラッキーだったと思いますが、新しいことを受け入れてくれる空気はあると思います。アイデアさえあれば、チャンスはある。僕もやりたいこといっぱいあります!」
協力/東京都