自分が自分で
あるための場所づくり

<波浮エリア>
地元のつながりが生み出す
新たな町づくり

伊豆大島の南部に位置する波浮は、噴火によってできた火山湖が地震による津波で海とつながり、港として整備した場所。波の影響を受けにくい特徴を活かして風待ち港や遠洋漁業の中継地として栄華を極め、港町独特の情緒あふれる景色は『波浮の港』や『伊豆の踊子』といった多くの名作の舞台として描かれました。

明治から昭和初期の古い家並みが残るノスタルジックな港町として根強い人気を誇る波浮ですが、近年は人口減が加速し、空き家が目立つ地域となっていました。そんな波浮に最近、空き家を活用した個性的な宿やカフェが続々とオープンし、注目を集めています。 移住者、Uターン、ローカルが入り交じり、若い世代がチャレンジを始める背景にはどんな人たちの活躍があるのでしょうか。波浮の町づくりを支える3人に話をうかがいました。

大都会から一気に世界が変わる
島の空気に魅せられて

東京から日帰りできる気軽さがありながら、東京とは別世界の大自然と穏やかな時間が流れる大島。その空気感に魅せられて、大島に移住した夫婦がいます。波浮の踊り子坂を登り切った場所で、たい焼きカフェと一棟貸の宿を営む「島京梵天(とうきょうぼんてん)」の河村智之さん・まゆみさん。古い港町に新しい風を呼びこんだ、波浮人気の火付け役として知られる存在です。

山口出身の智之さんと、岩手出身のまゆみさんが東京から移住してきたのは2006年のこと。「都会的な暮らしに憧れて10年間働いていたけれど、この先の人生を考えたときに、このまま東京に住み続けるのか?と疑問符がついた」という智之さんの目に飛び込んできたのが、ふらりと訪れた伊豆大島の景色だったといいます。

「東京から船で海を渡って島へ来ると、一気に場面が変わるという体験ができる。都会から島への濃淡がハッキリわかるのが面白くて、なんじゃこの世界は!と一気に惹きこまれました。ちょうどセールスマネージャーの仕事をしていて、会社とお客さんの板挟みにあって疲れていた時期だったこともあり、大島にドストレートにハマってしまって。3年ほど通った後、ここなら都会とは違うサイクルで暮らしていけると思い、結婚を機に移住しました」

東京にいるたくさんの友だちに大島の楽しさを味わってほしい、という思いでカフェとゲストハウスの開業を考えたという河村夫妻。いくつかの物件を見たなかで、ピンと来たのが波浮の踊り子坂を登ったところにある商店の店舗跡でした。当時の波浮は人通りもなく閑散としていたそうですが「お金を稼ぐなら東京にいればいいし、商売したいなら元町などの中心地でやればいい。でも自分たちがめざしているのはそうじゃない、島らしい時間が流れる空間で生きていくこと。直感でここならいける!と思った」と智之さんは振り返ります。

昭和20年代に建てられた古い商店を改修して自然食カフェとして営業しながら、隣接していた築100年以上の民家をリノベーションして、趣のある一棟貸の宿としてスタート。「今思えば恐ろしいんですが、本当に無計画。全く商売にならなかったですね」といいますが、10年前にイベント出店を機にたい焼きづくりを手がけるようになると、メディアで取り上げられるように。食べごたえたっぷりの羽付きたい焼きは「波浮に梵天あり」と言われるほどの人気となりました。

「二人とも田舎育ちなので、田舎のいいところもそうでないところもなんとなくわかる。一方で、東京のドライな人間関係も知っています。島で生きていくには、その間でほどよい距離感を保ちながらバランスを取れるか。僕はそこで悩んだことはないですね。今は波浮にも個性的な宿が増えてきたので、これからは別の形でこの町を盛り上げていけたら」

島京梵天

住所:〒100-0212 東京都大島町波浮港6番地

TEL:04992-4-1567

URL:tokyovoneten.com

CAFE
OPEN:
11:00am – 17:00pm

定休日:月・火

地元の仲間と共に
今までにないスポットを作りたい

河村さんが「個性的な宿」と呼ぶスポットのひとつに、2020年10月にオープンしたばかりの宿「露伴」があります。「旅と文学を楽しむ宿」をコンセプトに、アンティーク家具に彩られた書斎に3000冊以上の書物が壁一面に並び、落ち着いた雰囲気の中で読書が楽しめるゲストハウスです。

宿名は、波浮港にゆかりのある文豪・幸田露伴と、マンガのキャラクター岸辺露伴をかけあわせたもの。「本や音楽などを通じて、いろいろな価値観に触れるのが好きなんです。波浮は文豪の町として知られていますが、それだけでない魅力がある場所。季節を問わずにこの場所を楽しんでほしいという願いをこめた」と語るのは、オーナーの山口健介さん。

生まれも育ちも波浮という健介さんは20代を千葉で過ごしたのち、子供が生まれたのを機に千葉出身の妻・薫さんとともに約10年前に大島へUターン。帰京後は介護施設で正職員として働いていましたが、あるとき1つ年上の幼なじみから「波浮で宿を作りたい」と相談されたといいます。もともとDIYが好きだったこともあり、リノベ―ションを手伝うことに。そうこうするうちに、今度は別の知り合いからも宿のリノベを依頼されたそう。

「あちこち手伝ううち、もしかして自分でも宿を作れるんじゃないか? やってみたいなという思いが芽生えたんです。波浮の仲間たちが地元を盛り上げようと動いているのを知っていたし、梵天の智さんなど島の外から来た人たちが面白いことをしているのを見て『悔しい』という気持ちもありました。自分にも何かできることはないかという気持ちが強まっていた矢先に、たまたま今の物件が出て。思い付きで即買いしてしまいました(笑)」

健介さんいわく「ザ・ばあちゃんち」だった古い民家を、地元ならではのネットワークでフルリノベーション。大工の友人には基盤や下地処理を、電気工事は同級生、駐車場の井戸は土建屋の友だち、風呂などの設備は後輩に、と各分野の仲間に協力してもらい、イメージ通りの宿を完成させたといいます。「僕は図面を起こせないので、仲間と一緒だったから形にできたと思います。何よりこんな書斎を家に作ったら怒られますよね(笑)。楽しみながら細部まで作りこんで、それを商売にできるって最高じゃないですか」と健介さん。

宿の管理運営は、妻の薫さんが担当。健介さんがリノベーションを始めたときは、どんな宿になるのか全くわからなかったと笑いますが、「学生さんから年配の方、外国人の方など、本当にいろんな方が来てくださいます。大島に来た頃は島のコミュニティにどう入ればいいのかわからず悩んだ時期もありましたが、今は宿を通じていろいろな人と会えるのが本当に楽しい。東京からの移住者も増えているように感じます」と薫さん。

今後は着物姿で波浮を歩けるように着物のレンタルを始めたり、撮影に使えるハウススタジオとしての活用も考えているという山口さん夫妻のチャレンジはまだまだ続きます。

露伴

住所:〒100-0212 東京都大島町波浮港14番地

TEL:080-2742-0702

URL:rohan.tokyo

島の中と外をつなぐ
出会いの場を生み出したい

もう1軒、波浮エリアで注目したいのが、ゲストハウス「青とサイダー」。波浮出身のオーナー、吉本浩二さんが「地元で新しい出会いの場所を作りたい」という思いのもと、駄菓子屋だった店舗跡をリノベーションしたアートと自転車の宿です。

東京で11年間ファッションの仕事をしていたという吉本さんは、友人を連れて大島に帰っていたそうですが「友だちがホテルに泊まると夜お酒が飲めないので、よく実家に泊めていたんです。それなら、人とゆっくり話せる宿を自分が作ればいいんじゃないかという気持ちがあって」29歳の時に大島へUターンし、宿の経営を始めました。

はじめは元町港の船着き場からすぐの場所で宿を開きましたが、地元・波浮でゲストハウスを開業したいと物件を探していたところ、梵天の智之さんから駄菓子屋の跡地を紹介されて購入を決意。幼なじみの露伴・山口さんなど地元の仲間とともにリノベーションを行い、2019年3月に青とサイダーをオープンさせました。

「キャンプが好きなので、グランピング施設のような雰囲気にしたかったことと、バックパッカー的な感性の若い人と出会いたかったので、単価の安い宿にしたいと思ったんです。ここはもともと僕が小さい頃に通っていたお店で、昔から人が集まる場所だったんですよね。僕もそういう場所を作りたい。人と話したくてやっている宿なので」

ところがオープン半年後の2019年9月、大島を直撃した台風15号によって青とサイダーの屋根が吹き飛ばされ、館内が水浸しになる被害を受けました。再開はムリかと絶望的な気持ちになったといいますが、山口さんをはじめ地元の仲間が真っ先に駆けつけてくれ、建物を見た奥様は「屋根がないの笑える!」と大爆笑。「クヨクヨしているのは自分だけでした。大丈夫、どうにかなる」と感じた吉本さんは、同じく被災した隣接の高林商店を引き継ぎ、2店舗を再建するためのクラウドファンディングを実行しました。

結果は目標を大きく上回る420万円が集まり、自分たちでDIYを行ってゲストハウスは2020年7月、商店は9月に再開へこぎつけました。今は宿と商店の間にあるスペースのDIYに着手し、気軽に立ち飲みができる角打ちにしようと計画しているといいます。

「波浮のこの場所に灯りが灯り続けることが大事だと思っています。僕がやりたいのは、お客さんの笑い声が響いて完成する場所。今、波浮にいろいろな個性を持ったプレイヤーがようやく集まってきたという気がします。僕はそのつながりを作る人でありたい」

島の外と中の人が交わりながら、新しいにぎわいを生み出している波浮エリア。今後の動きが気になるところです。

青とサイダー

住所:〒100-0212 東京都大島町波浮港4番地

TEL:090-4919-1981

URL:aotocider.com

協力/東京都